吐きたいほど愛してる。

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救われない気分が味わえた一冊①。

最低週イチ、多ければ三冊の新刊単行本を読むという、世間的にも読書家なレベルに達しつつあるオレ。
きっかけは仕事がらみなんだけど、いまやかかせない習慣になりつつある。
今回のは、二ヶ月前くらいに呼んだ「動物記」がかなりよかった作家・新堂冬樹作品。

単行本を購入する際は、多少値段も張るだけに、カバーデザインや帯のセンスも問われると思われ。
ただ、大概のものに関しては、読み終えてその作品が気に入れば気に入るほど、最初にその作品の概要をイメージさせてくれた帯の一文が、蛇足であり、どうしようもなく腹が立つことが多い。
今作もたぶんに漏れず、その類。

「逆上妄想男の迷惑な勘違い愛、夫の帰りを正座して待ち続ける壊れた妻、可憐な美少女が味わう生き地獄、非道の限りを尽くして虐待される寝たきり老人が自己の中心で愛を叫ぶ!

…最後の締めコメは、(゚⊿゚)イラネ!
まぁ、アレを意識してなんでしょうが。
でも、そんな使い古された流行語など入れなくとも、その前の四編の紹介だけで、十分にエレクトしそうなもんだが。

実際、帯どおりの順番で、帯に記された特徴をもつ主人公を据えた四編の短編が収録。
元来、その文言のもつ力は作品を代表し、作品の魅力を凝縮し、ときに作品の内容を誇張するくらいなのが帯コメ。
だが、今作の場合は、それなりの過激なことばを用いてはいるが、それは作品内に描かれる狂気の世界を包み隠すオブラートとして、四六判変型の単行本に巻きついていた。
これだけ煽っておいて、さてどれだけ狂っているかというと…

①逆上妄想男、というのは言いえて妙な表現で、甚だ迷惑な話。その妄想っぷりも逆上っぷりも尋常じゃなくて、なんてったってン年ぶりに再会したアイツをいきなり(ry

②夫の帰りを正座して待ち続ける壊れた妻なんですが、そのことばの響きだけで身震いしてしまう、世のお父さんが目に浮かびます。だけど、そのようなワイシャツの襟についた口紅を気にしたり、煙草の匂いを無理矢理背広につける、なんて話ではナイ。正座で待つったってただ待ってるだけじゃなくて(ry いきなり夕食にあんな(ry

③可憐な美少女が味わう生き地獄。まぁ小説の世界においては、可憐な少女は生き地獄に生きてたりするもんです。でもあんな目に会ってるコ…orz そのコに対してアイツったら(ry

④非道の限りを尽くして虐待される寝たきり老人ったって彼だって(ry

ハハハ、ここ実は反ネタバレ推奨blogだったのよ、今日から。
オレなんかの稚拙な文章で感じてもらうよりは、自分の目で確かめて欲しいのです。

上の駄文からすると、キ●ガイの一大奇行集みたいな間違った認識を与えそうなので、まとめ的補足を兼ねた総評を。
帯にもあるとおり、この話は〝愛〟のおはなしです。
行き過ぎた愛、というかさまざまな愛のかたちというか。
ストーカーであったり、我が子を虐待する親であったり、その全てがそうとは思わないし、そうでナイとも思わない。
が、さまざまな愛のかたちがある世の中だからこそ、生まれた問題のような希ガス。
この作品で描かれている愛を端的に言えば、狂っている。
でも、狂っているものの目線で見れば(その愛情の注ぎ方を認識≠容認すれば)、その愛は狂気である以前に果てしなく純粋なのであった。
純粋。
ことばって改めて難しいな、と思う。
純粋ということばの辞書的な意味にはカバーされていないが、狂気をはじめ、憤慨、絶望、至福、といった振れ幅の激しい感情の動きはきわめて純粋なものなのではないか。
容姿だったり、環境だったり、ただ大多数の人と違うだけで、その愛はいびつなものとして人々の心に形成される。
その疎外感が、純粋なものを孤立させ、より純度を高めていく。
それが人々の目にさらに異形なものとして映し出される…

そんなことを思い、救われないなぁ、って感じたのよ。
by blue-red-cherry | 2005-01-31 19:56 |
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