カテゴリ:本( 103 )

GIANT KILLING

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久々に本屋に行ったら「GIANT KILLING」10巻発見。
前回が2ヶ月連続発売だったこともあって、えらく久しぶりに感じたが3ヶ月ぶりか。

某ムラバー氏も参考にした(というかパクった)カレーパーティーが収録された10巻。
イキのいい若手(赤崎)が五輪代表に選出され、大黒柱の村越が出場停止、ジーノはサボり気味の怪我による出場回避。
今回のテーマはチームとしての総合力だった。
とかくヒーローものに走りがちなスポーツのコミカライズだが、本来のチームスポーツの観点を啓蒙するかのように、このジャイキリでは教えてくれる。
フロンタとのコラボがあるからあれだけど、Jリーグがバックアップしてんじゃないかってくらい、オラが街のチームを応援する楽しさをわかりやすく噛み砕いてくれていると思う。
クラブハウスの屋上から、選手、スタッフ、サポーターが一体となってカレーパーティーを行う姿を眺めた達海が一言、「これがクラブだよ、後藤」。
いやー、しびれるね。
ここでいうクラブの一体感が、本筋であるETUのピッチでの戦いの伏線となっているところがすばらしい。
代表に外国人、若手と勢いのある選手層が目に付く川崎を向こうに、主力を欠くETU。
10巻ではまだその胎動しか見ることができないが、普段ベンチを暖めるベテランたちの活躍が、試合の鍵を握りそう。
サッカーは総合力の勝負だからね。
個性派ぞろいの川崎がまた、かませ犬としては最高だぜww

またしても見に覚えありな展開がツボ。
そう考えると、生もの、生き物なリーグ戦をなぞるだけでネタは尽きない。
この現実感と、漫画ならではのファンタジー感のさじ加減がいい塩梅に保ててれば安泰でしょ。
まあちょっとマニアックになりすぎてるキライがあるようなないような。
どの辺の層にささればいいのか悪いのか。
モーニング編集部にはどうぞ末永く、生暖かい目で見守っていただきたい。
by blue-red-cherry | 2009-04-28 16:21 |

Number

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新幹線のお供にした「Number」最新号は、日本人ストライカーについてNumber誌からの提言だそうで。
一貫したテーマは小兵3トップ(もしくは2+1、1+2)でいいのか、という点。
玉田と田中達也にスポット当てたりしてフォローはしてるけど、大久保のインタビューにしたってもっと純然たるフォワードとして使え、みたいな内容だし、この号のトーンに限ってはこのままじゃダメなんじゃない?というメッセージが発せられている。

わからなくもない。
オレは小兵でかき回してその運動量とスピードをベースに、連携とアイデアで色付けして世界を驚かすことに期待しているので、玉田・田中達也・大久保のユニットは嫌いじゃない。
だけどこのやり方やるにはこの3人でフルにやれなきゃいけない現状は確かに心許ない。
チームとしてこの3人を頭から使い、俊輔・遠藤・長谷部と組み合わせるユニットで成熟度を高めている割りには、この3人が欠けたときに同じクオリティ、やり方を維持することができていない。
いやできていないというよりやろうとしてないのか、みつかってないのか、ベンチメンバーにこの3人と同じ役割をこなせるタイプの選手はおらず、岡崎にしろコオロキにしろ巻にしろ、途中交代の選手が出ると、それまで目指してた主体的なサッカーが鳴りを潜めてしまう。
3人が出ているうちはそういうサッカーで、彼らのユニットが崩れたら違うユニットで違うサッカーをやるっていうならそれでもいいが、そうは見えず、中途半端な絵になっている。
そういう意味で、例えばこの小兵サッカーを続けるための替え、バージョンアップさせる人材を提言っていうのはありえるし、まったく違うユニットをオプションとして持っておくというのも納得の提案だ。

提案されたストライカーの中で、ダイレクトプレーの巧さ、動き出しの質の高さ、黒子になれる柳沢は今の代表のサッカーにうまく順応するだろう。
名前がなかったのが不思議だが、佐藤寿人も十分、玉田の代役をこなす資質を備えていると思う。
スピーディーな動きの量と質で勝負するアタックの可能性は、こういった現メンバーと同等のレベルにある選手たちを加えた総合力でチャレンジする伸び白があると、個人的には思っている。
この先さらなる新しい力が台頭する可能性も含め、今のスタイルを突き詰めていくのが無難だと思う。

一方でパスサッカー、コンビネーションサッカーはあくまで方法論でしかない。
敏捷性や運動量、技術はあるにこしたことはないが、例えば長身や体躯の強さを武器に前線で張れるプレーヤーを置いてもその志向を高めていくことはできるはず。
その意味では確かに、エリアで仕事をするクラシカルなタイプのストライカー、ポストプレーヤーといった存在は見えていない。
どんなサッカーをする上でも前線に基点を作ることは絶対で、それがなければ中央を崩すコンビネーションサッカーも、全体をコンパクトに押し上げるポゼッションサッカーも、ワイドに展開するサイドアタックも実現しない。
そこで絶対的な存在がいれば、その選手を中心にしたコンビネーションが築かれるだろう。
そういったストライカーが点を取ることはチームに活気を生むだろうし、今の不人気の打開にも繋がる、そう思ってのストライカー特集でもあるんだろう。
ヨーロッパで得点を積み重ね評価を高める森本や福田健二に期待が集まるのもわからないでもない。
森本はナンボのもんか、せっかくスカパーで見れるので、近いうちにセリエでの戦い振りをチェックしてみる。
期待するのはわかるけど、北京ではさっぱりだったからさ(でも本人が、チームに合わせる時間がなくても結果を出せなかったのが実力、と人や環境のせいにせず高いレベルで反省しているのは好印象)。

でもこういうタイプ、いないからなー。
だってあの高原に期待集中してるからね。
サッカー記者の投票みたいのがほとんど、復活をエクスキューズにした高原票ばっか。
何試合か浦和の試合みたけど、期待してる人たちは見たのかね、あれを。
あの高原に期待するなら、エスクデロが化けるほうに期待したほうがいいんじゃないだろうか。
それにポストタイプとしてもまったく平山の名が挙がらなくなってしまったのが哀しい。
かろうじて釜本・森島・戸塚啓の鼎談でちょこっと挙がってたが、もう期待されてないんだなあ。
ボールを動かすサッカーをやる上でのターゲットとしては、まだまだ価値のある選手だと思うんだけど、まあ最近じゃ試合にも出てないし、チームがあれじゃあ厳しいか。
点であわすタイプは話題にもなってないし、赤嶺みたいなタイプはお呼びじゃないのかな。

なんだかまとまりがつかないが、実際特集自体もまとめがないww
ワールドカップ出場は次で決まりそうだが、そのあとの強化で必ずこの問題には着手するだろうし、岡田監督がどうしてくるのか、楽しみ。
by blue-red-cherry | 2009-04-22 22:57 |

バクマン。

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「バクマン。」2巻。
発売日に買ったからあれだ、AKBの「がんこ」に行った日か。
とっくに読み終わってたんだけど、書くの忘れてた。

なんというか今は壮大なフリの助走の時期。
いよいよ(というかきっかけからのスピード感は驚速、いやストーリーのテンポがいいから気付かぬうちに結構な期間経てるんだよな)サイコーとシュージンのコンビはプロの漫画の世界に足を踏み入れる。
賞レースへの投稿、別冊での初掲載、アンケート結果で知るライバルとの差。
勢いも悩みも、喜怒哀楽ごった煮で全部味わって駆け抜ける青春時代。
ベタなエッセンスを古臭くなく、巧に展開させている。
ジャンプ編集部だからこそ可能な「漫画ビジネス」「漫画家ビジネス」の内情もポンポンぶっちゃけてきてて、ジャンプで読んでようがコミックで買って読んでようが、漫画が好きなことは変わりなく、そいつらの好奇心にバンバン訴えかけてくる。
世の評もそうだし、これは新しくって画期的なことなんだろう。
さすがの「デスノート」コンビだし、ごく健全な青春ストーリーの蓑を被せながら、シリアスなところはズバっとクールに決めてくるし、このやり方がハマる。

でもこれは壮大なフリのはず。
漫画家として大成するサクセス(もしくは思い切って漫画家なんて、というオチも考えうる)までのフリでもあるが、あくまで本線は亜豆とのラブストーリーにこそカタルシスがある。
セックスやエロが小学生のガキでも当たり前の時代に、手も握らない純愛ラブストーリーにこそ、この漫画の本質があると夢想(希望)。
その意味ではバレンタインネタこそあれど、今回はフリの部分、まんが道に寄った展開だったのでオレだけの亜豆登場シーンも少ないし、まあまあ。
晴れてシュージンの彼女となった見吉のイマドキ感も嫌いではなく、そっちはそっち、シュージンとイマドキっぽい感じの付き合いをしてくれれば、と。

やっぱ少年漫画には可愛いヒロインがいてナンボ。
だから桂正和>荒木飛呂彦だもん、オレ。
なんだかわからんが、とにかく「バクマン。」は壮大な純愛ストーリーを帰結させるために今後も頑張ってほしい。
by blue-red-cherry | 2009-03-20 15:56 |

モダンタイムス

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ちょうど文庫版の「魔王」を読み終えたくらいのタイミングで、その続編というか関連作である「モダンタイムス」を友人に借り、読んだ。
通勤の友に単行本は重いよね。

さてこの「モダンタイムス」、青年漫画誌の「モーニング」で連載していたという。
週刊漫画誌を買わなくなって久しいが、果たしてどれくらいの読者が読んでいたのだろう。
ズラっと連載漫画が並ぶ中にある活字連載、オレが毎週買ってたら読んでたかどうか、微妙。
書き手のほうはたぶんに意識していたように思う。
その証拠に、都度話の流れが途切れるスパン(恐らく週刊の尺)であらすじとまではいかないが、主人公とそれを取り巻くキャラの設定をリマインドさせる記述がたびたび差し込まれる。
複雑、というほど入り乱れた相関関係ではないが、絵もなし、詳細を明かさない人間たちの相関図は確かに簡単でもなく、苦労がうかがえる。

そのほか演出にもいつもと違う、個人的には違和感に近いものを覚えた。
特に暴力的な描写。
拷問に関する記述があるんだけど、その生々しさは頭の中で即座に得が浮かぶリアリティがあり、穏やかに重みのある表現を選ぶ伊坂作品にしてはあまりに直接的で、驚いた。
細かいディテールでいえば登場人物の名づけ、あとがきで本人が「いい案が浮かばなかったから」といったような理由を明かしていたが、本人の名をもじった「井坂」というキャラのネーミングなど、深読みすれば巨大なシステムと「そうなっている」社会の話である以上、ネーミングなどにたいした意味はない、というメッセージに取れないこともないが、今までの作風であればそういうよく言えば大胆、悪く言えば雑なことはしていなかった。

最大の違和感が、主人公自体が物語の解釈を積極的に行うこと。
これはこういうことで、あれはそういう意味だったのか、次から次へと起こる事件や事象を主人公が誰よりも不思議がり、その真実を知りたがった末に主人公の解釈で意味づけがされるっていう。
伊坂作品に限ったことではないが、小説なんぞ百人百色の解釈や意見、感想があるはずで、ある程度行間を読め、というか含みを持たせることが当たり前な中、ちょっと親切すぎやしないか。
これまた深読みすれば、「そうなっている」ことって、「そうなっている」ことを見てみぬふりするというか、認めたくないものだったりするんだが、それをたびたびわからせようとする主人公の「そうなっている」ものへの解釈は、「そうなっている」ものに「そうなっているだけじゃない」という見方を持たせたいというメッセージに受け取れないこともない。
って、くどくてわかりづらいな、オレの書き方。

近未来の日本。
「魔王」を経たことにより、「魔王」を伏線として考えると、停滞を打ち破るためにドラスティックな改革(独裁に近い政権、9条改ざん、徴兵など)を経た日本。
テクノロジーやネットがより進化し、すべてがシステム化されている日本。
世と眺めに距離感を保ったちょっと不思議な能力をもった人たちがいる日本。
ストーリーや設定にも確かに興味深く惹かれるものがあったが、いつになく今回はメッセージが込められ、それがわかりやすくストーリーの表に顕在化していたように思った。
だからネタバレするようなストーリー、世界観の感想についてはあまり書くことがなかった。

で、そのメッセージ。
「考えろ」っていうのは「魔王」のときから繋がっているね。
無関心で不感症な若者たちへの警鐘、簡単に言えばそういうことになる。
それは「ヤバイぞ、無意識のうちにやられちゃってるぞ」っていうアラートなんだけど、どちらかというと「希望をもて」って言ってくれてると考えたほうが気持ちがいい。
まず無知は正すべき、それは正しいと思う。
鵜呑みにせず、すべてに懐疑的になるのではなく考えることを止めるな、もしくは考えることをはじめろっていうのはすごくわかるし大事なことだ。
そこに気づかせときながらこの話、ことあるごとに気づいた先にあるシステムの悪意の巨大な力をまざまざと見せ付ける。
すべてはシステムに組み込まれていて、一個人の起こすさざなみはおろか、時代ごとに沸き起こるムーブメントや革命すらもその一部、という強烈な事実で押し潰す。
それでも諦めない、しかし潰されていくレジスタンスの生き様は、「システム」の巨大さを訴え、その前における個々の弱さを知らしめるための物語なのか。
そんなことはないと思う。
無謀に見える主人公たちのチャレンジは清々しささえ覚える。
ここに諦観のススメがされてるとは到底思えない。
ダメだとわかっていたら何もしなければいいと迫りながら、といえばそんな人生でいいのかっと投げかける。
この青臭さこそが、伊坂作品の肝だと思うし、熱すぎず冷たすぎずな温度感に落ち着いたところでほっとした。

とまあいろいろ思うところはあったものの、感想よりは違和感が先に立つ、そんな作品だった。
by blue-red-cherry | 2009-03-13 16:06 |

Number

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「Number」最新号は直前に迫ったチャンピオンズリーグベスト16のプレビュー。
今回このベスト16に合わせる形でスカパー加入を急いだ経緯もあって、後学のために熟読した。

「攻撃者の美学」と題された特集は、バルセロナやマンU、その攻撃力で欧州を席巻するビッククラブの強さに迫るレポートのほか、プレーヤーでのピックアップもアグエロやイブラヒモビッチ、ジュゼッペ・ロッシとオフェンスの選手に集中している。
明らかにタレント過多だったバルサの前線はロナウジーニョとドス・サントスが抜けてすっきりした印象。
エトー、アンリ、メッシのユニットは左右中央のバランスも理に適っており、スムースにいくのは当然、驚くべくは個々の状態の良さかと。
その3枚を支える中盤についても言及。
充実著しいシャビ・エルナンデスを筆頭に役割分担が明確だし、個を活かしたグアルディオラのマネージメントの手腕が評価されるべきところなんだろう。
グジョンセンが中盤で使われてるのは知らなくって、驚き。
マンUでは依然圧倒的な評価を得ているベルバトフシステム。
ハイライトでしかその活躍を知らないので、ぜひこのベルバトフシステムが機能する試合に出会いたい。
サッカーの文脈上に乗ってこなそうなキャラがあまり好きではないイブラヒモビッチのインタビューはある意味この特集のハイライト。
訳者のスキルや趣味なのか、その語り口調はくどすぎるほどの「オレ様」加減で、実際何語か分からないけど、日本語で書かれているそのスタイルは実生活だったら殴られるレベルww
一方でベンゼマやアグエロ、ジュゼッペ・ロッシと将来が嘱望される若手の描かれ方は、強い芯を持ちながらも謙虚さが感じられる爽やかな人物像で、やっぱこっちのほうが好感もてるな。
すっかり戦術といえば、のポジションを確立した西部さんの「戦術と個」に関する考察は真新しさこそなかったものの、レジェンドスターの引用の仕方がうまくって読まされた。

とまあ、それぞれなかなか面白かったが、散漫な印象。
今夜から始まるチャンピオンズリーグでどの試合を見るかっていう当初の目的に直接的に役立ちそうだった、ハラヒロミ+川勝の観戦ガイドは文字数少なくっていまいち。
結局は読む前から興味があった、不調同士だが、こんなときこそ染み込んだパス&連動サッカーが見られることを期待するアーセナル×ローマ、どちらもそれなりに勢いがあるレアル×リバプールを生で見て、あとは再放送にしようかと思う。
ポルトのフッキも見ときたい。
by blue-red-cherry | 2009-02-24 11:33 |

BRUTUS

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「BRUTUS」最新号はラジオ特集。
テレビもネットも最新でも絶対でもない今、ラジオも同じ目線で語られて然るべき嗜好のひとつであることを改めて思い知る。

個人的にラジオとの付き合いは薄く、というのも割りと最近まで実家暮らしが続いており、あまり広めの家ではなかったゆえに夜中にこそこそというのもままならず、深夜ラジオで青春過ごす、みたいな行為と縁遠かったってのはあるかもしれない。
それでもいくつかは思い出があって、ラジオらしさといえばなAMでいくと内田有紀の「夜空にYOU KISS」ね。
そもそもアイドル原体験というか、多聞におニャン子で福永ー(フクナガー)だったことも影響していると思うが、ヤンジャンのグラビアクリッピングしたりとかガーナの交通広告ゲトってきたりとかオリジナル花男の舞台挨拶行ったりとかってそんな話はどうでもいい。
ってwiki見たら、前後の番組の森高の番組も思い出した。
古田新太と犬山犬子のコンビも思い出した。
懐かしい!
ミニラジオドラマとかもやってて、萌え燃えてたわ。
でもそれ以外は所謂ラジオらしいラジオ、というかAMはほとんど触れてない。
大体中学の終わり頃には自分の足でレコ屋に通うようになったし、日本じゃヒップホップ聴けるラジオなんてほとんどなかったから、申し訳程度にかかるFMに流れてった。
FMでは前にも書いたユウザロックの「ヒップホップナイトフライト」がスペシャルな金字塔で、その後の00年代に向かうムーブメントと同調して聴きやすくなったTFMの「ソウルトレイン」、J-WAVEの「HIPHOP JOURNEY DA CYPHER」、おっとNACK5の「ストリートフレイヴァ」も忘れちゃいけない。
そんなこんなであんまり縁のないラジオだったが、最近はBボーイ的にもラジオ好き的にも支持が厚い、「ライムスター宇多丸のウイークエンドシャッフル」を毎週欠かさず聞いているという次第。
なんだかんだでラジオは面白いなあと思ってる矢先のラジオ特集はバッチリだったわけだ。

だーいぶ脱線したが、今回のラジオ特集、例によって興味深い仕上がりだった。
福山雅治に爆笑問題、伊集院光などの大御所パーソナリティの生の声、ラジオに対する思い入れは、逆風の中にあると思われたこのメディアにまだまだ可能性を感じてしまう説得力がある。
「ゆうゆうワイド」で知られるAMの昼の顔、大沢悠里と、FMの朝の顔、ジョン・カビラの対談にも、ラジオ人の含蓄が滲み出る。
歴史あるメディアだからこそのトリビアも面白い。
中でもラジオオンエアのために本気のリエディットをしてしまうという山下達郎のエピソードには驚かされ、その情熱が注がれたオールディーズのナンバーワンプログラム「サンデー・ソングブック」はぜひ一度聴いてみたい。
最近何かと目にする町山智浩氏が寄稿したFM大国アメリカの、例によって嘆かわしくも未来への希望を含ませた記事にも考えさせられた。
とにもかくにも、日々語られるテレビ業界の危機やネットメディアの進化などの議論に比べると圧倒的に情報量が少ないラジオのお話。
強弱はあるが、どれも楽しく読ませてもらった。
カタログ化されてる番組は聴きたいものが多いし、影響されやすい体質なので何かしら、アクションは起こすだろうな。

とりいそぎ、寺山修司のラジオドラマ、映画「バニシング・ポイント」を抑えつつ、「タマフル」は引き続き楽しんで、昼の会社ライフにラジオを乗っけてみようかと思っている。
by blue-red-cherry | 2009-02-21 00:15 |

魔王

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友だちの誕生日プレゼントにアマゾンで綾波レイのフィギュアを購入した際、送料無料に微妙に届かなかったために抱き合わせで買った、伊坂幸太郎の「魔王」、文庫版を読んだ。
この話は単行本が出た当時にすぐに読む機会があってそのときも感銘を受けたんだが、かなりの年月を経て改めて読んで、改めて興味深い作品だと感じた。


Franz Schubert (arr. H.Hoshina) Erlkonig / シューベルト(保科洋編曲)「魔王」


たたむほどのことは書きませんが、一応
by blue-red-cherry | 2009-02-19 01:32 |

武士道セブンティーン

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前作「武士道シックスティーン」が最高の青春小説だった誉田哲也の女子高生剣士ストーリー第2弾、「武士道セブンティーン」を読んだ。
相変わらずのテンポの良さで、引っ越しの合間でもスイスイ読めた。
まあ現実だとここまで爽やかにはいかないんだろうけど、女同士の友情もなかなかイーネ。

剣道といえば「六三四の剣」、ですがゲームでしか知りません。
by blue-red-cherry | 2009-02-15 16:08 |

明日に向かって捨てろ!!

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「ほぼ日」で連載されていた企画に大幅加筆して単行本化したスチャダラパーの赤レンジャーことボーズの、「明日に向かって捨てろ!!」を読んだ。

BOSEの脱アーカイブ宣言、というサブタイにもあるとおり、またスチャでの活動に見え隠れする嗜好性を考えれば必然のごった煮サブからポップから集まったコレクションをタイトルどおり捨てていこう、という企画。
取材者であり聞き手であり編集者である「ほぼ日」の永田さんって人がまた、ボーズとバイブス合いすぎで、基本的にヤなものである片付けが遅々として進まない様を綴っている。
というと分かりづらいが、ようは自分の片付けが進まない様を思い出してみれば分かる。
漫画・雑誌やアルバムを開いては読みふけり会話が弾み、なつかしのCDが出てくれば聴きだしては思い出話に華を咲かす。
ボーズ家にある多様な不要物(世間的には大層価値あり、だったりする)を引っ張り出してきては思い入れとウンチク、エピソードが語られ、そのエピソードがセンスにも知識にも長けた2人の掛け合いだったりするところの面白さがこのくだらない企画を単行本化するに至るクオリティを担保している。
読む人それぞれに共感し、ツボなところがあるはず。
それをあーわかる、わかる、と頷いては楽しみ、度を超えた展開にはバカだなーこの人、っと突っ込んでは楽しむ。
これが正しい使い方かな。

とても面白いとは思えない捨てるという行為で面白いコンテンツを作る腕に脱帽
by blue-red-cherry | 2009-02-05 23:24 |

アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない

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「コラムの花道」でおなじみのコラムニスト・町山智浩の「アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない」を読んだ。
いまさら、なベストセラー。
執筆期間、および発売された時期にはまだオバマ氏が民主党代表の座を争っていた時期で、それを考えると就任式を終えた今、感慨深い気持ちで読み終えた。
なぜならここに記されたブッシュ政権時代のアメリカのいくつものエピソードは、そのほとんどが笑えないジョークであり、できることなら上書きしてしまいたいものばかりだから(笑えるんだけどね)。

タイトルは今のアメリカとその国民がどういうステータスにあるかを端的に表している。
無知、といってしまえば楽だが、そこには知ろうとしない側と知らせることを怠ってる側という単純な構図だけではなくて、湾曲して教えられている事実がいくつも蔓延っていたり、複雑だ。
章立てされて語られる内容は「宗教」、「戦争」、「経済」、「政治」、「メディア」、「大統領」。
不倫騒動でホワイトハウスを去ったクリントンだが、彼は莫大な黒字を残して去っていった。
その遺産を任期中に見事に使いきり、それどころかかつてない負債を抱えさせ、アメリカの国力を著しく弱体化させたブッシュ政権の悪行の数々は章立てされたすべてのチャプターに介在する。
つまり少しも良いことがなかったのだ!
古くから根強くアメリカに残る悪しき宗教論であるキリスト教原理主義は、イスラムのそれを馬鹿にできない根深さで、それを蒸し返すことの愚かさといったら(狂った道徳!狂ったセックス観!)。
今となっては誰しもが知っているイラク戦争の空しさといったらない(取り返しのつかないことの大きさよ)。
信じられない格差社会を生んだ経済政策は、大国への憧れを一瞬にして忘れさせてくれる(社会保障なし、想像を絶する知られざるアメリカ)。
私利私欲で腐りきった政治に、嘘だらけのメディア(Sly Fox!)。
ただし、誰がなっても同じ、という諦め感がないのは救いかも。
長かった暗黒時代を抜けて今、歴史的、初の黒人大統領に対して国民は希望を託しているわけだ。

この本に書かれているようなことは本来、アメリカ人が知るべきことだ。
町山さんは映画や報道をソース(もちろん独自取材もある)にしているわけで、アメリカに住んでいる人は日常的にこれらのことを知りえるのに、知らない(知ろうとしない)。
翻訳されて、アメリカの一般ピープルの目に触れさせてみたい。
そう書いてて自戒の念も生まれる。
他人事だから冷静に怖がれたが、オレは日本の現状を直視できていない。
恐らくこの本に書かれていたようなことは、形や深度の違いこそあれど、我が国ニッポンでも起きていたり、起こり得ることなんだと思う。
そんなの関係ねえ、じゃ済まされない。
ネガるつもりはないけど、ちょっとは考えないといけないかもな。

ここに書いてあることがすべてではない。
鵜呑みにしちゃったらそれこそ、彼の国と変らない。
でも知りえてよかったと素直に思う。
知らなければ何も考えなかったと思うから。
Don’t believe the hype.
by blue-red-cherry | 2009-01-28 11:53 |